2010/06/06

茂木健一郎✸文明の星時間


―ターナー賞の叡智― (一部)

 人生において大切なことは、ある程度の年月、経験を積まないとなかなかわからないことが多い。
「正統」と「革新」の関係もそうであった。子どもの頃は、偉い人は最初から偉いものだと思っていた。極端なことを言えば、生まれた時から「正統」という「銀のスプーン」をくわえているくらいに考えていた。
 そうではないと教えてくれたのは、偉人たちの苦闘の歴史である。例えば、近代日本文学の基礎を築いた夏目漱石。若き日の不安と苦悩。自分が「正統」であるかどころか、果たして生きていけるかさえわからない。そんな暗闇の中から、後世に残る傑作は生み出されたと知った。
 今日から見れば歴史の中で確率され、偉大で価値あるものに思われても、最初からそうだったわけではない。同時代的に見れば大いに危うい。たくさんの反対を受けて、攻撃される。その中で、表現者は懸命に生きる。
 やがて、歴史の審判が下る。幸運な場合には、作者が生きているうちに。あるいは、その死後に。一群の作品が、価値あるものとして賞賛され、崇められる。やがて、それらは不動の「殿堂入り」を遂げる。揺れ動いた不安な日々から、「正統」な傑作群がその姿を顕す。
 評価の定まった作品ばかりを見ていると、それらを生み出した生の偶有性を忘れてしまう。とりわけ、日本のように「権威」や「伝統」といったものに対して弱い国では、「正統」を標榜することが、生命原理から離れることにつながりやすい。
 今日、現在進行形で新しい文化が生み出されているとすれば、それは社会的に権威や価値が定まったものではなく、むしろ毀誉褒貶(きよほうへん)の激しい中から生み出される。そのようなダイナミックな認識を、日本人はもっと持った方がよい。
(以下略。)

 わたしは、自分のルーツをはっきりとは知らない。
かろうじて両親がどこで生まれ、祖父母はどのような仕事をしていたのかはぼんやりと知っている。
でも、それより前の先祖がどこで生まれ、どのような性質で、どんな世界観で人生を生き抜いていて、私や妹につながったのかは知らない。
以前より薄々頭のどこかしらに感じていたこと、それは、関東で生きてきた・生きている人たちと、九州で育った私(あくまでも私個人との比較に限る。)との、”血”もしくは、”血族”に関する考え方・意識の持ちよう・認識の違い を、最近より感じたことがあった。

 私は、今まで”血・ルーツ”を気にしたことなんて、無かった。
一切無かった。
個人対個人であり、その人自身、その人・人間としての価値が”生まれ・血”によって変化するはずがない。
そう信じていた。というか、その考えが当たり前だと思っていた。今だって私はそう思っている。
しかし、案外、他の人の実際はすこし違うのかもしれないと感じたのである。

 はっきり言って、私はこれにショックを受けた。
誰かと私が会ったとき、その誰かは意識ぜずとも知らないうちに、私の”血・ルーツ”を見ている事が在りうる、そういう視線が入り込んでしまっていることも在る、その事実を知った。
そのような視点・視線が残っていることに対してくやしさを感じた。
 人がどこで生まれ、育ち、祖先は誰誰だったとか、一体その人自身と正面から向き合う上でどれだけの判断材料になるというのだろう?つまり私は、先天的なもので、後から身に付けて形成していった素晴らしいものが汚(けが)されるはずが無い、と言いたいのだ。もちろん、相手も汚そうなんて思ってもないことは知っている。
 その人自身の考えは先天的要素からくるはずは無く、すべてその人が後天的に習得してきたその人自身の成果なんだ。
 しかし、住む場所からくる”自分たちが主流だ”という意識を、東京に来て約8年の間に感じることもあった。そしてその考えは日本の中にだけ存在する話ではなく、世界、国の間、地域の間でも存在していたものだったんだと感じた。それがひいては人種差別とかの根底なんだと感じる。
 その人自身の価値・魂は、住んでる場所に影響されない。そして、その人自身の価値は、”血”や”生まれ”から来るんじゃない。だから、住む場所、生まれで自分や相手の価値を確かめるなんてことは、私はしない。

 例えば、私個人のある決定に対して、人は様々な事を言う事もあるだろう。
しかし、最後は、その人の総力を挙げて、つまり私自身の人間としての総決算で、その決定は下すべきものだと思っている。
そして、私は、人はその様にして、自分の事を決めているのだと、当たり前のように思っていた。
しかし、そうでは無かったようなのだ。そうで無くしている(個人の決定に対して大きく影響を及ぼしている)原因の大きな部分が、”血族”の意見に在る、という事実が大きなショックだった。

 両親に育てられ、一緒に暮らし、守られ、親戚との付き合いもあるなかで私も妹も育った。
しかし、大人にるにつれ、私の自分を形成していく上で核になる考えは両親のものとも少しずつ決別だってしていく。
それは私の愛情が薄いから、とか、遠く離れて疎遠になったから、では無い。
私は、両親を心から尊敬している。生き方、価値観も両親は両親自身のそれでいいのだと確信している。(当たり前だ。)
それと私の考え方が違った時は、それはそれでいいのだと、それが当たり前の関係だと思っていると言うだけの事である。双方が歩み寄らねばならない時は話しあって、互いに理解し、時には譲り合う。
それは本来の姿だと信じて疑わない。
わたしの家族はとてもみんな互いに愛が深い。
それはうちの家族の一番の自慢で、私の大きな自信です。
そういう家族間、互いの考えをそれで良い、と認め合っているその関係にとても感謝している。
そんな父、母、妹を、私は尊敬している。
 
 ”血”や”生まれ”に誇りを持つことはいいことだ。それは自分を誇りに思う事は必要だと思うから、それによって自分を誇りに思える一つの要素になるんだったら、どんな理由であってもいいかと、ここまで色々考えて認められるに至った。
 でも私は、生まれに頼った人生に安住する気は無い。
ここに生まれたと安心して、取り残されるのは最悪だ。
今になって、ようやくそう感じる。
過去の環境は今の私を創った。
私は自分の今の環境にとても感謝している。
だけど、私は毎日変わることにする。成長する。一日だって昨日と同じ自分だったと、今日を振り返る時に思いたくない。
私は、成長します。
それは、今の自分に満足していては輝きを失ってしまうだけだと確信したからです。
私は自分を大切にする。
だから、同じ自分ではいない。
常に成長する自分を選ぶ。